明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。
旧年中はいろいろとお目汚し大変失礼いたしました。
本年も同じような勢いを保てればと思っておりますが、どんなもんでしょうかー笑
本年もよろしくお願いいたします。

…いやいやいやいや。
にゃでございます。

年末年始、平成最後と言われましてもすることがない。
大晦日は結局紅白歌合戦観て、ジャニーズカウントダウンライブ観て、年明けは近所の神社に行きました。

私の昨日一の驚きは、Sexy Zoneマリウス葉がカウントダウンライブでステージから落ちたことかな。。。
マリたん好きなので、あのキレイなお顔などに傷ついていないかとか気になった。
私も怪我してるので気が気ではなかったですよー!!!

あとは取って付けたように、SixTONES 森本慎太郎、見初め。
バックで踊ってるのを確認して安心した。

あ。
手術のため数日後には入院します。
無事全身麻酔の仮死状態から戻ってきたいと思ってます。

あと本を。
夏目漱石の『我輩は猫である』と塩野七生さんの『十字軍物語』を平行して読んでいるのですが、どっちも読みづらい。。。

入院先に持っていこうかなと思っているのですが、難しすぎて鬱展開ですかねー爆
なんか軽く読めるものを持ってくるのであった、と思ってます。

サン=テグジュペリ作 内藤濯訳『星の王子さま』

お疲れさまです、こんにちは。
にゃでございますー。

ゆっくり読もうと思ってたのですが、ついつい面白くて。
サン=テグジュペリ作 内藤濯訳『星の王子さま』、読み終わってしまいました。

箱根で美術館行ったし。
かわいいので機会があれば読みたいなーと思っていたぐらいだったのですが、不覚にも泣いてしまいましたでござる/(^o^)\

わりと悲しいお話だったのですね、これ。

というか。
読む人によって解釈は変わると思うのですが、私には悲しい結末だなと感じられました。

感動してしくしく泣きます。

なんかね、美術館では、キツネのコメント

かんじんなことは、目には見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ。

というところがフィーチャーされてたんですけど…私個人的には、

あんたが、あんたのバラの花をとても大切に思っているのはね、そのバラの花のために、ひまつぶしをしたからだよ。

の方が大切な文章だと感じる。

王さま、うぬぼれや、呑み助、実業家…等々。
大人たちは個人の認識のなかで利己的に生きているけれども、実際のところ大切なのは、他人のために生きることにあり、自分の目に見える認識の世界の外にあるものが、世界を豊かに見せるのであると言いたいのかなと思いました。

それは、私が、自己と他者の境界線というところにとても興味があるからかもしれません。
「自己」が先か「他者」が先か?っていう根元的な問題がとても好きなのです。

あと、この話が、ヨーロッパ人が、北アフリカの砂漠で気づいた話として書いてることも気になった。

それは多分、作者が飛行機乗りで世界中を飛び回っていたという、私の経験を元にしたものであるという見方もあるのですが…ヨーロッパ人にとって謎の土地であるアフリカっていうのがおもしろい。

書こうと思えばですよ?
ヨーロッパ人の大人が、純真な子どもの心に気づく場がアフリカであるという極めてヨーロッパ人的な視線がここにあると論文が書けるかもしれません。

そんなことを、コンラッドの『The heart of darkness』を研究してる身としては感じたのでした。

夏目漱石『坊っちゃん』

お疲れさまです、こんばんは。
年末ですね。
にゃでございますー。

不注意で怪我してしまったので、平成最後の仕事納めも関係なく、のんべんだらりと本を読んだり、書いたりして過ごしております。

今日は、この歳にして初めて夏目漱石の『坊っちゃん』を読みました。
なんだか語彙力がありすぎて。
ペラペラと坊っちゃんが話す言葉で、ページびっしり文字が並んでいるのに圧倒されて、読みづらくもあったのですが、とにかく半分ぐらい読み進めたら話の筋も展開しておもしろかったです(^-^)

個人的にはうらなりの家の近くの下宿先の婆さんとの会話が軽妙で好きです。
最後半分ぐらい声出して笑いながら読んでたもの。

『ホモ・デウス』と平行して読んでまして。
片方は英語の論文なので、ザッザッと流し読みできるのです。
英語の論文なんてかたちが決まってきて、ワン・パラグラフにワン・センテンスしか言いたいこと言わないので、斜め読みで大丈夫なのですが、こちらは日本語の小説なので筋というよりは、一句一句語彙を味わいながら読んだほうがいいのだなと思うと、ちょっと骨が折れました。

個人的には後書きの部分が何か変だなと…こんなだから日本文学がイマイチになるのでは?と思ったりする。
今どき、「自己本意」とか「エゴイズム」とか作者の生い立ちとか未だに書いて解説しているのかと。
主語が「I」であるとか「we」であるとか主観的なことはどうでもいいと思うのです。

私の15年ぐらい前の文学批評ですら見ても、さらに古すぎてどうしたもんかと思う。

多分…19世紀後半で英国留学に行っているのだから、英文学者に批評書いて貰った方がいいんじゃないですか?

個人的には、『坊っちゃん』のなかで描かれている日清戦争の記述のこととかのが気になりました。

日本人としての視線を内的なところに求めるのではなく、せっかく外国留学もしているのですし、たくさん英文学の論文も、漢文も読んでる人なのですから、外国対比で、日本人としての漱石のアイデンティティとか研究するとおもしろいかもしれないと思いました。